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甲子園

[2015年8月21日 01時22分]

 

お盆が終わり、そして甲子園が終わった。

朝夕の涼しさとともに夏も終わりを迎えようとしている。

 

まさにお調子者の一喜一憂。

普段、い草い草とうるさい僕は、実はセンチメンタルな気分に浸るのが好きなのだ。

夏が暑ければ暑いほど、この時期おセンチな気分になる。

これが本当の燃え尽き症候群(暑いだけに。)

 

とこ小洒落たことを言いつつ、

 

僕の甲子園について今日は書きたいと思う。

 

 

何を隠そう僕は高校生の時、野球部ではありませんでした。

 

雨の日はダッシュ100本やるらしい、

という噂だけで、ビビって入部しなかった。(笑)

 

一応中学の時は野球部だった。

でも

本当はバスケ部に入りたかったんです。

 

でもうちの中学バスケ部がなくて。

(卒業して間もなく体育館が新設され、バスケ部が出来たみたいだけど)

 

兄がお前野球部に入れ。

 

と言ったので入っただけなのだ。

もともと右打ちだったけど、まったくバットにボールが当たらない日があって、

投げるのは左だったので、左で打ってみろと言われ、

左で打ったら、多少は当たるので、

「お前今日から左で打て。」

と言われ。とある日から、左投げ左打ちになった。

プライドなんてまるでなかったんだろう。

 

僕は当時足も遅かった。

(今でも決して速いわけではない。というか全力で走ることがない)

ある練習試合。

試合はぼろ負け。回は終盤。

そこで監督は言った。

「やれることを積極的にやれ!!」

 

僕はご自慢の選球眼、というか消極的なバッティングセンスを生かし、フォアボールで塁に出た。

ノーアウト一塁。

ぼろ負けとはいえ一矢報いたいわがチームはにわかに盛り上がってきた。

相手ピッチャーはぼろ勝ちに浮かれているのか、僕のことはまったくノーマークでモーションも大きい。

「やれることを積極的にやれ」

 

よし。盗塁してやろうではないか。

 

したり顔で、ピッチャーのモーションを観察。

行ける。

余裕でいける。

ピッチャーは相変わらず僕の存在に無警戒。

「まったくこれじゃ走って下さいと言ってるようなもんだ。」

ピッチャーが投げようとすると同時にスタート。

我ながら完璧なスタート。

あれ?おかしいぞ。2塁が遠い。キャッチャーからボールがベース上に投げられる。

 

ザッーーーと

 

 

滑り込む暇もなくタッチアウト。

 

 

「ちっ。中々やるではないか。

しかし積極的やったったぞ」

 

と自軍ベンチに走って戻る。

 

当然、監督は

「よしよし。練習試合だ。積極的にいけばオッケーだ。」

 

と言うかと思いきや

 

「お前は自分の足(足の速さを)を考えたことあるんか。」

 

 

えっーーーーー

 

怒られたやん。

そう。

 

僕はそれまで自分の足なんて考えたこともなかった。

 

それからの野球部時代は

「僕は足が遅い」

と言うことしか考えられなくなった。

思春期の男が足が遅いと自覚した時、

まったく何も楽しくなくなる。

運動会?

嫌だね。

陸上競技会?

ハンマー投げでお願いします。

 

そある日、オトンキーの関係する職人さんの息子が甲子園に出るという情報が入った。

腐っても野球部の僕にオトンキーは会わせてやるついてこいと、甲子園プレーヤーが里帰りしてるとき、

会いにつれて行ってもらった。

握手をし、サインをもらい、

 

「野球頑張れよ」

と激励してもらった。

 

その人は鹿児島の現樟南高校(当時は鹿児島商業)のレギュラーキャッチャーだった。

 

とある夏。樟南高校は甲子園で勝ち抜いていた。

「よし甲子園まで行くぞ」

オトンキーは言った。

 

すると現役野球部の僕は信じられない言葉を言った。

「いや。暑そうやけんいい。」

 

信じられん。

一体あのころの僕は何を思って生きていたのだ?

もしタイムマシンがあれば聞いてみたい。

 

そう足が遅いというイメージはこんなにも人を荒むんだ。

なんだかんだで3年間辞めることはなく、卒業式を迎え

ともに3年頑張った仲間の卒業文集を読んだ。

 

「ボクと僕の友達ののり君は三拍子揃っています。

打てない。捕れない。走れない。です。」

 

と書いていた。

不甲斐なくも僕はうけて爆笑していた。

 

そして高校になって野球部に入ることはなかった。

 

 

大人になった今、毎年思うことがある。

 

僕にとってはもう甲子園を追う3年間という月日は二度と来ない。

夢はあれど、どんなに金を積もうがいくら努力しようが、

球児たちが泣いて笑うあの甲子園にはいけないのだ。

甲子園1

 

 

やる気もなく、人の意見に右往左往しながらまったく自分を持たず生きてきた過去。

そのコンプレックスが今を生むなら、

 

僕はその過去を受け止め、

 

人生の甲子園を目指すことにする。

 

甲子園2

と、かっこいいことを言ってみたものの、この時期は毎年そう思っている。(笑)

 

 

あの高校球児に勝る青春は

 

仕事に持ち越すこととする。

 

僕はやる。

 

 

目標はあるんだから、それを目指して毎日を励みまくることにします。

 

 

僕の中の優勝旗を目指して

甲子園3

 

ウーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレイボール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほっこりしようぜ

 

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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